[ 白い日記 ] 








暖かな陽光が差し込んでいる礼拝堂は,何故かとても狭い様な気がした。
座っているのに,止まっているのに。酷く揺蕩うような感覚が止まらない。
目眩だ。暗闇に目が眩む。影が足を引きずっていく。

助けなど無い。ただ出来るのは自らの手を握りしめるくらい。

ただただクリフは,汗ばむ手を握りしめた。

どうかどうか。どうしようもない僕は。どうしたら。

耳鳴りが止まないのは何故ですか。

まだあの人達は,僕を恨んでいるのですか。

やっぱり僕は,あの人達を捨ててしまったのですか。

どうすれば。どうしたら。



「山は良いです」


唐突に真正面から響いた声に,びくりと肩を震わせた。


「生命が生きる場所にふさわしく,美しい」

この神父は本当に,突拍子もないことを言う。
未だに人格がつかめていない。時にクリフが言うことなど柳に風である。
冗談と言うには度を超えた話はよくよく自分を混乱させている。

「特に今は春だからね。萌える緑は実に素晴らしいよ」

講堂には自分と相手の2人しかいない。
今更ながらに状況確認を行ったクリフの頭はゆるゆると上がっていった。

「あの,カーターさん」

「大勢で行くピクニックなどもいいと思うのですが」

ああ,この人僕の話また聞いてないよ。

「ちょっ,カーターさ」

「1人で行くのもなかなか乙なんだ。緑に飲まれていくようでね」

「イヤイヤいやあのちょっと話が見えないんですが」

「良し!明日行って来ると良いよ!」


なんだ。何の話だ。誰が。どこに。


「ああああのそれもしかして僕の話ですか?」

何を今更。そんな顔でこちらを振り返ったカーターさんの笑みは,深い。
ゆっくりと片腕を上げながら,

「やはりやるなら山頂までね」

極め付きの笑顔でびしっと親指を立てた彼に。

僕は ぐうの音も出なかった。








咽せるような暖かさ。春と言うには少々暑苦しい空気。
ただただ足を前後させ,先を目指していった。偶に汗が首筋を伝っていく。
じっとりとしたファーがそれを吸って気持ち悪い。上着を脱いでしまおうか。
でもそうすると手荷物が増えて,登りにくくなる。効率が悪い。結局は何もしない。

アウトドア派とはとても言えないクリフにとって,登山はきつい物だった。
ぼんやりと考える事は尽きないものの,意味のない物ばかり浮かんでは消えていく。
話すことなど何もないし,ましてや話し相手もいない。
仕方なく,せめて自分には聞こえるような溜息を吐きながらひたすら上を目指す。


こんな事をしている暇ではないのに。

ただ僕は悔いることを続けねばならないのに。

この陰鬱とした気持ちが山登りなどで晴れるのだろうか。

いや, 晴れては いけないのか


歩き続けるうちに靴には泥が付き,だんだんと水分を吸収していく様が見て取れた。
それを落す気にもなれず,生まれたばかりの小さな虫たちを避けるように歩く。
せっかく楽しめるように勧めて貰ったのになぁと,小枝を踏んで2つに割った。
いつの間にかそこは,とても空に近い位置だったのにも気付かずに。

  <山頂>

そう示す看板に気付かなかった僕は

ゴンともガンとも判別しにくい鈍い音を立てながら

強かに 看板で頭を打った。






「…」

ああ。ありかこんなの。今時看板で頭打つなんて。何年前のコントだ。
一瞬あまりの惨事に気絶しかけた。コレが正に現実逃避。
せめてもの救いは,ここが人気無い山の天辺だということ。
こんな所だれかに見られたら僕は


「…大丈夫?痛くないの?」


… 僕  は   


「声が出ないくらい酷く打ったの?」


人が,いた。
しかも頭を,頭を看板に打ち付けたところを。見られ。

「え,あ,い,たい…?」

ああ。疑問系にする必要は全くないのに。
痛かったよ。そりゃ下ばかり見てたのは僕が悪いんだけど。

そんな言葉すら出てこないほどに。恥ずかしい。

恥をかいて汗をかいて。洒落か。ああもう訳が分からない。

ゆっくりと顔を上げるとそこには

最近話題になっていた金髪の女の子がいた。






ー ー ・ ー ー


「この間流れ着いた女の子,牧場始めたんだって?」


宿に集まった人々の会話は止まらない。
女の子が流れついたなんて前代未聞の事件のせいで
宿屋には人だかり。話題はその子のことで持ちきり。

「そうね。金髪にブルーアイズの美少女って村長が」
「それにしては無口らしいけどな」
「え,マジ?無愛想って事?」
「恥ずかしがり屋なのかもよ?」
「でもそれにしたって話さない。頷くか首振るかだ」
「つまんねぇな。外のこととか話してくれればいいのに」
「まあねぇ。話せないのはちょっとねぇ」


「いくら記憶喪失だからって」




ー ー ・ ー ー


そう。記憶喪失で無口のクレアさん。
容姿の美しさとそのつかみ所の無さも手伝って今や村に知らない人はいない。

…あれ,そういえば今僕に話しかけてた?
うん,話しかけてた。うわ,何か嬉しいかも。
他の人には無口な子が,口をきいてくれて,しかも心配してくれた。
本当に無口なのかな?もっと話したい。

「君はここで何をしてたの?」

なんだろう。久しぶりにドキドキするかも。

「…。景色を,見に。」

ですよね。ここ本当になにもないし。

あ,しまった,会話が途切れてしまう。やっぱり無口?
駄目だ,何かもっと,話しを

「牧場楽しい?」 「まぁ。」

「動物飼ってるの?」 「まだ」

「いい天気だね」 「そうね」

…

続きません。

大体僕だって無口な方と言うことを忘れていた。最近はあまり人と話なんかしないし。
どうしよう。話すことだってそんなにある訳じゃないし
何か何か,思いついたら,直ぐに

「何でそんなに無口なの?」

「…」

「…」

「…」

しまっ た。やばい。これは やばい。
嫌味だよ。なんで無口ってそんな。ああ,どうしよう。

「いやあのその,そういう意味じゃなくて,
 話すこと嫌いなのかなって思って,それで」

フォローになってねぇよ。頭の中でだれかが呟く。

「ええとあれは」
「嫌いな訳じゃないわ」
「え」

彼女は最初に声をかけてきたとき以来,初めて自分から口を開いた。

「あなたは日記をつけたことがある?」

「あ,ああ。一応。」

唐突に話し出す彼女の声は,決して話すことを厭うわけじゃなくて

「人の記憶は日記なの」

これから言うことはいけないことだと知りながら話すような

「それで話すときはページをめくって前にあったことを話したりして。
 そうでしょ?昔はとか,そういえば友人がとか。以前見たもので」

一気に終わらせてしまいたい。
それでも終わることはないと知っていると,そんな恐怖が滲んでいるようで

「それで沢山書いた人は沢山話す事があるのよ。
 たまに消えてしまったり破れてしまうこともあるけれど」

大きく息を吸って


「私にはね。書き込むスペースならまだまだあるわ。でもね。
 何もないわ。前に書き込んだ物なんて。だからよ。」



  青い瞳が,僕を掠めて。




「続きはあっても,過去がないの」


そういって彼女は俯いた。











あれ…クレアさんて,記憶喪失じゃなかったっ け?
管理人の勝手な思いこみ?そしたらごめんなさい。
人生初の駄文だったりします。
多分,続いてしまう…。

2006,2,15